2005年09月04日
『アウト・オブ・ザ・クール』 by ギル・エヴァンス (OUT OF THE COOL by THE GIL EVANS ORCHESTRA ) 後篇
僕に音楽業界の仕事の手ほどきを教えてくれた師匠筋にあたるある方から、ご自身のこんなエピソードをかつて聴いた事がある。
アレンジの勉強をしていた頃のこと。その最終課題がギル・エヴァンス(Gil Evans)の編曲からの採譜だった。何日聴いても、何回挑戦してみても解らないところがある。譜面の提出期限はとっくにすぎていて、教授を拝み倒して締切を延ばしてもらったものの、やっぱり解らない。
明日の朝いちがホントの締切で、もうこれ以上延ばす事なんか出来やしない、あぁ、俺には音楽の才能なんかないんだ。やめたやめた。もう知らんもんね、酒呑んで寝ちゃうんだもんね。いざとなったら田舎帰って、親父に泣きついて実家の仕事やらしてもらやあいいんだもん(この時点で相当べろべろらしいです:たい註)。あぁ、さんざ呑んだ呑んだ。風呂はいって寝ちまえ寝ちまえ〜。
って、ざぶんと湯船に飛び込んだ瞬間、これまで皆目検討がつかなかった謎が、瞬時に解けてしまったそうです。
彼曰く、それは数千ピースもあるジグソー・パズルを目の前にして途方にくれていたら、ある瞬間、手元にあるたったひとつのピースがヒントになって全てのパーツが瞬く間に組み上げられて行ったかのようだ、と。偉そうに語りやがりました。
眉唾でしょ? ミュージシャン特有の大法螺。これがアルキメデスなら、「eureka!(=我発見せり)」って叫んで真っ裸でシチリアの街に飛び出して行くところです。
でもね、このヨタ話(←って決めつけてますけど)の話の肝は、ネタがギル・エヴァンス(Gil Evans)だってこと。彼の音楽には、そんな事を信じさせる音楽のマジックがあるんです。
そうですよね? Y田M美さん!
ところで、前篇で、今回の主人公ギル・エヴァンス(Gil Evans)を紹介するその導入部としてマイルス・デイビス(Miles Davis)を「つかみ」にした事で、ごく限られた身内からクレームがありました。
曰く、スティング(Sting)とのコラボはどうしたとか、ジャコパスことジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)と来日した話は書かんのかとか、ジミヘンことジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)とのエピソード『プレイズ・ジミ・ヘンドリックス(Gil Evans' Orchestra Plays the Music of Jimi Hendrix)』から話し始めるのが筋だろうとか。要は自身がギル・エヴァンス(Gil Evans)に辿り着いた道筋が本筋であって、その本筋が最も彼を理解する縁(=よすが)に相応しいんだと、皆さんはおっしゃっている様です、はい。
実は、僕がマイルス・デイビス(Miles Davis)がらみの紹介をしたのは何の事はない、ネット上で彼が編曲した作品を一番わかりやすい形で試聴出来るからに他ならないからです。ここ(http://www.milesdavis.com/)で聴けます。曲は、ジョージ・ガーシュイン(George Gershwin作曲の「サマータイム(Summertime)」、マイルス・デイビス(Miles Davis)の『ポーギー&ベス(Porgy & Beth)』収録曲です。
それはともかくとして、皆さんの意見はある意味、尤もな話であって、それはギル・エヴァンス(Gil Evans)の音楽が持つ「得体の知れなさ」を、語る事の難しさというところから発生しているんだと思う。
「得体が知れない」というと不穏な表現だから、言い換える。無気味な音楽だとか、難解な音楽だという印象を与えちゃうからね。彼の音楽は決して不気味でも難解でもない。
否、ちょっと難解かな?でもこれは音楽理論から彼の音楽を語ろうとするからであって、そんな事はごく一部の限られた人間がやればいい。僕たちは単純に一リスナーとして聴けばいい。
そんな一リスナーとして、ちょっと極端でなおかつ誤解を与えてしまう様な、乱暴な表現をすれば、「ギル・エヴァンス(Gil Evans)・マジック」、それは「極上のイージー・リスニング」。
話を元に戻しましょう。
ギル・エヴァンス(Gil Evans)の音楽を語ろうとして陥る「得体の知れなさ=ギル・エヴァンス(Gil Evans)・マジック」を別の表現で、あえて一言で語るとすれば、「群盲象を撫でる」。
例えば、本稿の導入部で登場して来たお歴々、すなわち、マイルス・デイビス(Miles Davis)だったり、スティング(Sting)だったり、ジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)だったり、ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)だったり、彼らの音楽を体験した結果、辿り着くのがギル・エヴァンス(Gil Evans)だったりするんだろうけれども、この4者の最小公約数的なものが彼の音楽かと尋ねるとそうでもない。だからと言って最大公倍数なのかというとそうでもない[スティング(Sting)が、ギル・エヴァンス(Gil Evans)を含めた4者のファンと言う事は十分にあり得るけれども、それはまた別の話]。
ギル・エヴァンス(Gil Evans)の代表作とか名盤とされている全ての作品を聴き込んでいない僕が一刀両断に語ってしまうのは、あまりにも乱暴な話なんだけれども、っとここでエクスキューズしておいて。
ギル・エヴァンス(Gil Evans)の作品は、ソロイストにその個性(音楽性とか演奏テクニックを含めた)を充分に発揮出来るスペースを与える事から始まっている様なので、ここに書き連ねた5人をフィーチャーした作品を聴く事が出来れば、それぞれのソロ作品であり、ギル・エヴァンス(Gil Evans)は一介の編曲者とした作品である、という形式的な位置づけが出来る。
[ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)の場合は、共演かなわぬまま彼の死後、制作発表された作品で当然そこにはジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)は「いない」。しかし、取り上げられた彼の楽曲に新しい息吹を与えたと言う意味では、そこに彼は甦った、そこに「いる」という評価もまた可能。]
では、そのソロ作品とされた楽曲に、ギル・エヴァンス(Gil Evans)というアーティストの個性は存在しているのか、いないのかと言われれば、確実にそこにギル・エヴァンス(Gil Evans)は「いる」。
フィーチャーされたソロイストに時には寄り添うかの様にやさしく、時には反発するかの様に激しく、ギル・エヴァンス(Gil Evans)のアレンジはそこにある。つまりは、彼のアレンジとそれを具現化するバック・ミュージシャンの演奏はソロに従う婢では決してなく、ソロと対当、否、それ以上の存在感を主張している。
そういう意味では、世間一般的なスター・プレイヤー(ジャズ界のヴィジョンで観るとスターばかりなんだけれども、)が不在の本作を聴いてみると、どこが聴き所か全く持ってわからなかったりする。ひたすらに優雅で緻密で豊穣な音楽が奏でられている「だけ」なのである。時に、楽曲のテーマやメロディよりも、本来はそれを下から支えるべきリズムセクションがメインをはっているところもある。聴き所が多いと言えば良い表現だけれども、一聴だけでは、つかみ所がないとも言える。
本当はここから、結論めいた事を勿体ぶって書くべき場所なんだろうけれども、僕も象を撫でている盲の独りだからさ。ここで終わりとします。
実はまだ、失われたジグソー・パズルのピースは発見出来ていないのです。
一度、だまされたと思って聴いてみて下さい。こ難しい事を考えるのをやめて、その身を彼の音楽にさらせば、美しい音楽が鳴り響いているのだから。「イージー・リスニング」としては最高級な作品です。
最後に、本作品のジャケットに関して。
写真は、アーノルド・ニューマン(Arnold Newman)。前回のフィル・スターン(Phil Stern)もかなりの大家なんだけれども、今回はそれ以上の巨匠です。
代表作は、ストラヴィンスキー(Igor Fedorovich Stravinsky)を撮影したこれ。構成主義的な、ピアノと人物との対比が美しい作品です。
この作品もそうですが彼のオフィシャル・サイトで公開されている作品の幾つかを見れば、フレームのポジショニングによって被写体の人間像を描き出す作風だったようです。
デザインは、ロバート・フリン(ROBERT FLYNN)という人物が担当していて、この人の詳細はわからないけれども、本作品の発売元であるインパルス(impulse)・レーベルでは、僕が所有している作品だけでも他に
●アルバート・アイラ−(Albert Ayler)
『グリニッチ・ヴィレッジのアルバート・アイラー
(Albert Ayler in Greenwich Village)』
●ジョン・コルトレーン(John Coltrane)
『アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード
(Coltrane"Live at the Village Vanguard)』
●カウント・ベイシー(Count Basie)
『カンサス・シティ・セヴン
(Count Basie and The Kansas City Seven)』
●チャールズ・ミンガス(Charles Mingus)
『5(ファイヴ)ミンガス
(Mingus Mingus Mingus Mingus Mingus)』
のデザインを手掛けています。
インパルス(impulse)と言えば、初代プロデューサーのクリード・テイラー(Creed Taylor)やその後を継いだボブ・シール(Bob Thiele)の功績(ダブルホールド・ジャケットという装丁とか例のキャッチフレーズ「the new wave jazz is on impulse!」)に眼が行っちゃうけれども、彼らを支え、そのイメージに具体的なかたちをあたえたデザイナーやカメラマンについては、もっと研究されてもいいと思うんだけれども。
ものづくし(click in the world!) 19.-2.:
out of the cool THE GIL EVANS ORCHESTRA
out of the cool THE GIL EVANS ORCHESTRA
邦題(作者クレジット)/オリジナルタイトル(作者クレジット)
1.ラ・ネヴァダ(G.エヴァンス)
LA NEVADA(GIL EVANS)
2.ホエア・フラミンゴス・フライ(H.コランダー - E.テア - J.B.ブルックス)
WHERE FLAMINGOS FLY(H.COULANDER - E.THEA - J.B.BROOKS)
3.ビルバオ・ソング(K.ワイル - B.ブレヒト)
BILBAO SONG(K.WEILL - B.BRECHT)
4.ストラトゥスファンク(G.ラッセル)
STRATUSPHUNK(G.RUSSELL)
5.サンケン・トレジャー(G.エヴァンス)
SUNKEN TREASURE(GIL EVANS)
プロデュース:クリード・テイラー
PRODUCED BY CREED TAYLOR
COVER DESIGN:ロバート・フリン/ROBERT FLYNN/VICEROY
PHOTOGRAPH:アーノルド・ニューマン/ARNOLD NEWMAN
ORIGINAL LINER-NOTES:トム・スチュワート/TOM STEWART
1960年11月、12月録音
LA NEVADA
RECORDED NOVEMBER 18,1960
WHERE FLAMINGOS FLY/STRATUSPHUNK*
RECORDED DECEMBER 15,1960
BILBAO SONG
RECORDED NOVEMBER 30,1960
SUNKEN TREASURE*
RECORDED DECEMBER 10,1960
ギル・エヴァンス/GIL EVANS(PIANO,ARRANGE AND CONDUCTOR)
ジョニー・コールズ/JOHN COLES(TRUMPET)
フィル・サンケル/PHIL SUNKEL(TRUMPET)
ジミー・ネッパー/JIMMY KNEPPER(TROMBONE)
ケグ・ジョンソン/KEG JOHNSON(TROMBONE)
トニー・スタッド/TONY STUDD(BASS TROMBONE)
ビル・バーバー/BILL BARBER(TUBA)
レイ・ベッケンシュタイン/RAY BECKENSTEIN(ALTO SAXOPHONE,FLUTE AND PICCOLO)
バド・ジョンソン/BUDD JOHNSON(TENOR AND SOPRANO SAXOPHONE)
ボブ・トリカリコ/BOB TRICARICO(BASSOON,FLUTE AND PICCOLO)
レイ・クロフォード/RAY CRAWFORD(GUITAR)
ロン・カーター/RON CARTER(BASS)
エルヴィン・ジョーンズ/ELVIN JONES(PERCUSSION)
チャーリー・パーシップ/CHARLIE PERSIP(PERCUSSION)
*エド・ケイン/EDDIE CAINE(ALTO SAXOPHONE,FLUTE AND PICCOLO) REPLACES レイ・ベッケンシュタイン/BECKENSTEIN
僕が入手した紙ジャケットCDの解説は、柳沢てつや氏が担当しています。
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