2006年07月28日
『チャップリンの独裁者(The Great Dictator)』をNHK-BS2で観る
で、初めてのチャップリン(Chaplin)体験である『モダン‐タイムス(Modern Times)』を観終わった僕達家族は食事を終えてどこへ向かったかというとレコード店に行きました。そこで、チャーリー‐チャップリン(Charles Chaplin)のシングル、昔の言葉で言えばドーナツ盤を買ってかえる訳です。我が家では、映画の記憶装置として劇場内で販売されているパンフレットと同様に、音楽があったのでした。
『チャップリンの独裁者(The Great Dictator)』1940年発表。
映画の冒頭で「独裁者ヒンケルとユダヤ人 理髪店主が似ていたのは偶然の産物である」という趣旨のクレジットが入るのだけれども、勿論、「独裁者 アドルフ‐ヒットラー(Adolf Hitler)と我らがチャーリー‐チャップリン(Charles Chaplin)が似ていた」「偶然の産物」がこの映画制作の大きな動機となっている。
今ではちょび髭と言えば、アドルフ‐ヒットラー(Adolf Hitler)とチャーリー‐チャップリン(Charles Chaplin)のアイコン(=イコン)。日本では、加藤茶演じる"加トちゃん"や磯野波平氏もいるけれども、これらは当然、後者の亜種であります。
ところで、この映画はチャーリー‐チャップリン(Charles Chaplin)初の本格的なトーキー映画。そして、この映画の主題は言うまでもなく「言葉の力」です。
勿論、従来のチャーリー‐チャップリン(Charles Chaplin)のイメージを踏襲したパフォーマンスは、独裁者ヒンケルにもユダヤ人 理髪店主にも用意されている。前者には、有名な地球儀を使ったダンスであり、後者はブラームス(Johannes Brahms)の「ハンガリー舞曲 第五番 嬰ヘ短調(Ungarische Tanze No.5)」をバックにした髭剃りパフォーマンスである。
だけれども。
前作『モダン‐タイムス(Modern Times)』の「ティティーナ」の出鱈目歌詞を引き継ぐ形で、独裁者ヒンケルの似非ドイツ語のギャグをかました後に、その似非ドイツ語によるユダヤ人迫害を宣告する演説で、人々をパニックにさせる。物語冒頭の戦争シーンに登場する当時の最新兵器よりも、大きなちからを発揮するのは兵器ではなくて言葉なのだ。
だからこその、あの有名なラストの演説シーンが活きてくるのだ。独裁者にひょんな事からすり変わってしまったユダヤ人 理髪店主が発する言葉が、独裁者の演説を聴きに集った民衆を感動させ、迫害に苦しむヒロインのこころを勇気づける(映画はここで終わる)。
伝えたいメッセージ(=言葉)があり、それを明確に観る者に伝えるという意味では、これは優れた作品です。
でも、言葉の婢女に映像がなってしまっているのも事実。チャーリー‐チャップリン(Charles Chaplin)ならば、必ずしも言葉に頼らない方法で、この作品に込められたメッセージを映像化出来たのではないか?と思えて仕方ありません。
と、言うのも映画制作時は、日独伊の枢軸国が優勢な状況下、万一、フィリップ‐K. ディック(Philip K. Dick)の『高い城の男(The Man In The High Castle)』の様な状況になったら、まっ先にこんな映画を創ったチャーリー‐チャップリン(Charles Chaplin)に生命の保証はない。にもかかわらず、ホロコーストを陣頭指揮するアドルフ‐ヒットラー(Adolf Hitler)を痛烈に批判したい、そんな思いが創らせた映画。攻撃の鉾先がはっきりしているだけに、現在のヒズボラをめぐる中東情勢を睨むとナイーヴでオポテュニティな作品である事は否めません。
なので余談ながら、『チャップリンの独裁者(The Great Dictator)』ならぬ『ブッシュ(George W. Bush)の独裁者』とも言えるサイトを発見しましたので、そちらを紹介して、この文章のオハリとします。
George Bush's The Great Dictator
posted =oyo= : 03:51 | comment (0) | trackBack (0) | 映画もみる
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.rtm.gr.jp/mt/mt-tb.cgi/492