2007年04月06日
The Sound of Miles Davis: so what
ほろ酔いキブンで帰宅した週末の深夜、いつもの習慣でPCを立ち上げたものの、やる事もないし、やる気もおきない。Youtubeサーフィンでもやろうかというノリで、「こんばんは、小林克也です」。
MTV全盛時代の『ベスト・ヒット USA』な選曲で、ヒューマン・リーグ(Human League)「愛の残り火(Don't You Want Me Baby)」〜デュラン・デュラン(Duran Duran)「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ(Hungry Like The Wolf)」〜ザ・キュアー(The Cure)「ラヴキャッツ( Lovecats)」と来て、シンディ・ローパー(Cyndi Lauper)だ、名曲「タイム・アフター・タイム(Time after time)」だ、と検索していると、マイルス・ディヴィス(Mikes Davis)のアレンジ・ヴァージョン「タイム・アフター・タイム(Time After Time)」が聴きたくなって、そこから『Cool Jazz Sound』の「ソー・ホワット(So What)」に辿り着いてしまった。
1959年のTV番組『ザ・サウンド・オブ・マイルス・ディヴィス(The sound of Miles Davis)』の為に収録されたもので、マイルス・ディヴィス(Mikes Davis)自身は、インタヴューやコメント一切に応じない事を条件に出演をOKしたらしい。演奏は、番組前半がコンボ編成で「ソー・ホワット(So What)」一曲、番組後半がギル・エヴァンス(Gil Evans)オーケストラをフィーチャーした組曲となっている。
と、いう形式論よりも、書きたい事は、そこに佇むミュージシャン達の顔だ。己の出番を待っている時の、彼らの立ち居振舞が、なんとも言えない。ソロを奏でる若き"帝王"のアップの顔と、その彼方に映り込む彼らのリラックスした姿と。
マイルス・ディヴィス(Mikes Davis)の次にソロをとるジョン・コルトレーン(John Coltrane)独りだけが、シリアスな面持ちをしているのは、妙に微笑ましいが?
観る度に思うのは、音楽を知り尽した映像作家でも、こうはかっこいい演出は出来ないだろうという事。倉庫然とした、むき出しの荒々しいステージ設定も「ソー・ホワット(So What)」というタイトルに似つかわしい雰囲気を創り出しているし、カメラのアングルや切り返し等、かなりリハーサルを積んだんぢゃあないんだろうか。
と、言うのも、マイルス・ディヴィス(Mikes Davis)とジョン・コルトレーン(John Coltrane)のソロの切り替わりの一瞬、二人が立ち位置を交換する為にクロスする映像は、音楽と別次元で美しかったりするからだ。
蛇足で書き加えておくならば、己のソロが終った直後、 ジョン・コルトレーン(John Coltrane)の演奏なんぞ眼中にないと言いたげな不遜なマイルス・ディヴィス(Mikes Davis)ならではの振舞を、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)との対比で押さえる事によって、演奏中と演奏後のon/off、双方のマイルス・ディヴィス(Mikes Davis)を描き出している。
ps.:この映像を初めて観たのは10年程前の事だけれども、その時に最もカッコ良く見えたのが実は、マイルス・ディヴィス(Mikes Davis)でもジョン・コルトレーン(John Coltrane)でもなくて、ベーシストのポール・チェンバース(Paul Chambers)だったんですよ。「ソー・ホワット(So What)」という楽曲自体が、テーマの主要部分をベースが負っているせいかもしれないけれども、ベーシストをフィーチュアした映像で始り、各々のソロを経巡った後に彼に戻り、楽曲と共に彼の映像で終る。この映像体験以降、しばらくはポール・チェンバース(Paul Chambers)の参加作品を追っかけました。
ps. for ps.:トランペットを吹き終った後にやる、マイルス・ディヴィス(Mikes Davis)が唇に指を二本あてる仕種を真似てみる。
それがどうした!?と言われれば、それまでだけど。
posted =oyo= : 23:27 | comment (0) | trackBack (0) | たいの日記
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