2007年05月12日
試論:映画『羅生門』をリメイク出来るのか?(第二部)
第一部である前回の記事はこちらです。
でも、必ずしも第一部を読まなくて、ここから読み始めても良い様に構成されているので御心配なく。
ここでは、映画『羅生門(Rashomon)』の原作となった芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)のふたつの短編小説と、さらに芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)がその下敷きにした『今昔物語集』のふたつの説話文学について書くつもりだからです。
本編では、映画『羅生門(Rashomon)』との関わりを語る前に、芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)が『今昔物語集』から何を得たか(その結果何を失ったか)をみていきます。つまり、テキストとして使用するのは、あくまでも二篇の近代小説と二篇の中世説話文学です。
『羅生門』と『羅城門登上層見死人盗人語』
もう数十年前の、高校の現代国語の授業を思い出し思い出し書いて行くならば、芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)のこの小説は、明日をも知れぬ己の行く末を悩む、"大きな面皰(にきび)"が"鴉"に出会って、遂には盗賊になる決意をして"大きな面皰(にきび)"である事を辞めて、行方知れずになる物語である。
原作となった『今昔物語集』の『羅城門登上層見死人盗人語(羅城門に登り死人を見る盗人の話)』には、その様な設定はない。ただ単純に一人の盗賊が老婆から着衣を奪う話である。そこには、行うべき行為 / 行われてしまった行為しか描写されておらず、逆に言えば、説話文学にはつきものの教訓や縁起も語られていない。説話文学として成立した当時、一体、この文学作品に人々は何を託し、何を読むモノに伝えようとしたのだろうか? 僕には全く解らない。そういう意味では、物語の構造を借り受けて、新しい物語を産み育む素材としては、最適なものかもしれない。
ともあれ、芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)は『今昔物語集』のこの一説話を基に、のっぴきならぬ状況に置かれた人間が、"饑死をするか盗人になるか"逡巡し堂々廻りする物語にしてしまう。次から次へと沸き出す仮定の話、「〜すれば」に追い回されている現状が、外部からの物理的 / 精神的な、様々な影響下のもと、己のピークメーターを右に振ったり左に振ったり激しく振幅した結果、遂にひとつの結論を得る、という内面の物語に変転させた。
その逡巡の象徴として、物語に突き動かされるままに従って登場するのが、"大きな面皰(にきび)"という訳だ("饑死をするか盗人になるか"なんて差し迫った状況に追い込まれた人間に、健康と青春の象徴でもある"大きな面皰(にきび)"が宿る余裕は、本来はない訳で)。
そして、その主人公が得た結論は、御存知のとおり。また、その彼が下した結論をどのように評価すべきかは、この小説を読む読者の生きる時代性に委ねられている。勿論その様にこの小説は仕組まれている(ps.蛇足を承知で書いちゃうと、『今昔物語集』で書かれている様な、盗人からの伝聞形式でこの物語が小説として編まれていたら、なんとつまらないモノになったのだろうか?と)。
「下人の行方は、誰も知らない」様に、物語の行方も、誰も知らない。
だから、その後の下人の物語は誰にでも創れるし、誰でもが下人になり得る。
だからこそ、この物語を1950年頃に読んだ黒澤明(Akira Kurosawa)は、あの様な結末にしたのだろうか?
『薮の中』と『具妻行丹波国男於大江山被縛』
芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)の『薮の中』は、ある事件に関する当事者や目撃者や関係者が次々と一人称で物語る構成になっている。そして、本来ならば、その様々な証言から一輻の物語が編まれてひとつの真実がその姿を表すわけだけれども、この小説ではそうはいかない。一人一人の語る証言が新たな疑念や疑惑を産み、本来ならば解決されるべき謎が、さらに巨きなモノとなって放置されて、唐突にその小説は、そこで終る。
これは、古典的な本格的推理小説(Whodunit)とは逆の手法である。推理小説であるならば、様々な証言者が語る事実(と、もしかしたら虚偽の証言)と、事件現場に遺された物的証拠の数々から、ひとつひとつ、そこにあるべき姿を探り出して、遂には真実に辿り着くのだが。
「真実はいつもひとつ」(by 江戸川コナン from 『名探偵コナン』)という訳だ。
しかしながら、この小説の謎を謎のまま放置するという手法、次々と呈示される新事実が決してひとつの真実に収斂され得ないという手法は、逆に、推理小説読みに評価されて、一級の名品という位置付けを得ている様だ。
例えば、創元推理文庫の『日本探偵小説全集第11巻 名作集1』に、"大"谷崎の"推理小説"と並んで収められています[坂口安吾『不連続殺人事件』や中井英夫『虚無への供物』の様に、本来的には推理小説の外野の文学者も、推理小説という物語の手法に興味を抱き、その種の作品を発表する傾向があった様です。芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)がどこまで意識的にそれを行ったかは解りませんが]。
と、言う事を前提に、『薮の中』の"原作"となった『今昔物語集』の『具妻行丹波国男於大江山被縛(妻と伴い丹波の国へ行く男が大江山で縛られる話)』を読むと、そのあっけらかんさに驚かされてしまう。そこにあるのは、寝とる男と寝とられる男と、その間隙にいる女の話。この説話が書かれた時代の制約から教訓臭さが匂うのは致し方ないとしても、想像力を飛翔させれば、三人の男女の愛憎劇と解読するのはそんなに難しい事ではない。単純に言ってしまえば、この説話から芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)を迂回しないで、一足跳びに黒澤明(Akira Kurosawa)映画『羅生門』に着地するのは難しい事ではないと思うが、如何でしょう?
個人的には、「薮の中」で起きた"事件"よりも、その"事件"の後に始る夫婦の新しい関係性というか感情の錯綜する行方を、この説話文学から知りたいんですが...。
とまれ、芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)は、この説話に描かれているものの奥にある筈の「薮の中」で起きた"真実"がどの様に教訓臭い説話に変転したか、その可能性を描きたかったんぢゃあないかと、邪推しています。近代の眼で観れば、物語として成立する基盤が非常に脆弱な、この説話をどうやって近代小説たり得るのかという実験だったのかもしれません。
『羅生門』と『薮の中』
ところで、この二篇の芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)作品を読んでみると、どうしても、『羅生門』の続編として『薮の中』をヨンデみたい欲求にかられて仕様がない。『羅生門』の主人公、己の生き死にを決めかねていた近代人の原型の様な下人が、俄か仕込みの盗賊となって行方知れずになった後の物語、それが『薮の中』の証人のひとり、盗賊の多襄丸の物語として再生するというわけだ。
ちなみに前者の発表が1915年に雑誌「帝国文学」において、後者が1922年に月刊誌「新潮」1月号において。
芥川龍之介(Ryunosuke Akutagawa)の没年は、1927年。死因は御存知のとおり「僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安」(遺書より)の果てによる自殺でした。
ものづくし(click in the world!)55.:羅生門<参考資料>
映画『羅生門』
DVD / 作品解説 / IMDb / Trailer / Sound Tracks
小説『羅生門』 文庫 / on web / 解説
小説『薮の中』 文庫 / on web / 解説
今昔物語『羅城門登上層見死人盗人語(羅城門に登り死人を見る盗人の話)』
文庫 / 現代語訳 on web / 原文 on web
今昔物語『具妻行丹波国男於大江山被縛(妻と伴い丹波の国へ行く男が大江山で縛られる話)』
文庫 / 現代語訳 on web / 原文 on web
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コメント
>丸義さん
学生時代の授業を蒸し返しているだけの様な気がして、面映いんですが(苦笑)。
少しづつ整理していかないと、己の中でも論点が曖昧になっちゃうんで。
まぁ、書き出してみたと。
どこまで丸義さんの御期待に添えるかわかりませんが、がんばります。
投稿者: たいとしはる feat.=OyO= | 2007年05月18日 01:32
勉強になりました。
凄い・・・圧倒的内容ですね。
全ての映画人に観てほしいです。
パート3もあるんですね!
引き続き、楽しみにしてます☆
投稿者: 丸義 | 2007年05月18日 01:22